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美術展に立て続けに行く(2) [鑑賞]

また、微妙に更新間隔があきましたが、前回の続きをば。 

先日は、エル・グレコ展についてエントリを挙げましたが、
今回は「ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア」について。

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ルーベンス「フランダースの犬」で、日本では有名なのかもしれません(私は、まともにかのアニメーションを見たことがないのですが。あんな辛気臭いアニメ、見たいと思いませんし)。

印象というのか、全般に言われている特徴・印象ですが、「肉体!」な感じが非常に強いですね。
私には「肉体推し!」という言葉がかなりしっくりくる印象でした。

今基準でいうと、結構太目というか、ムチムチしてます。
また、その肉体を前面に出した印象もあるからか、かなり、対象に寄って描かれているというのか、画面構成上、空白が少ない感じもします。

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上の、キリストの復活を描いた作品「復活のキリスト」を観たときの正直な印象を申しますと、死からの復活というよりは、寝起き?というくらい、肉体にエネルギーが満ち満ちてます。右胸の聖痕などあっても「これくらいでは、なんともありませんけど?」と言わんばかりの力強さを感じました。
あ、いや、非難しているのではないんですよ? 復活の力強さに満ち満ちてるなぁ、と。
キリストの亡骸を描いている「キリスト哀悼」などと比較して、その活力に満ちている様子が面白いと思ったものですから。

また、デカい作品で本領を発揮された方なのかなぁ、という印象もありますね。

いや、小さめの作品でも、「なんだかなぁ」という残念な作品を描いていたという意味ではないんです。ただ、どちらが魅力的かと訊かれたら、間違いなく、大きい作品の圧倒的な力強さに魅力を感じます。ゆえに、あの肉体!な作品なのかもしれません。あの肉体!だから、大きな作品なのか、それはわかりませんが。

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「聖ドミティッラ」
習作、ということですが、個人的に、今回の展示の中でも非常に好きな作品でした。
下画像の右側、「自画像」もですが、明暗の具合が素敵だなぁ、と思います。

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展示を見ていて気になったのは、展示の年代にかなり空白があって、その変遷について、展示からははっきりしなかったのですが、ルーベンスの作品の描き方に、転換点があるように感じました。

不勉強なので、実際にそういう転換期があるのか、たまたま、そういう作品の集まりになったのかはわからないのですが、1630年代ごろから(でしょうか)晩年は、私が思う「ルーベンス的」なタッチではなく、また、画面構成もあまり空白のない構成だったものが、割と空白のある画面構成になっていたり。

あと、今回購入した絵葉書のもう一枚、上画像の左手の作品、図録の表紙でもありますね、の「ロムルスとレムスの発見」ですが、一見するとさほどの違和感はないのですが、じっくり見てみると結構な違和感がありますね。ぱっと見、違和感を感じさせないのはすごいと思います。

捨てられた双子のロムルスとレムスが生き延びていて、狼とキツツキに育てられていた、そこを作品右手の羊飼いが発見したという場面なのですが…。

左手のひげをたくわえた男性はテヴェレ川の擬人化、およびその隣りの水源を象徴する女性ニンフは不可視の存在として描かれているのでは、という話ですが、同一画面にこのお二人まで入って描かれていると、こんなに賑やかな場面に感じられ、「捨てられたものの、実は生き延びていて、それを発見した!」という感じがあまりなかったり…。
素敵な作品なのですが、じっくり見ると違和感があったりします。

あとは、…そうですね。ルーベンスの作品というのと全く関係ないのですが、気になるというところでもう一つ。
私自身と展覧会との相性なのかもしれませんが、Bunkamuraでの展覧会について、どうしても消化不良というのか、手放しで「すごく良かった!」という印象を持てないのが気になります(以前のダヴィンチ展でも、似た印象がありまして)。

何か、今回のルーベンス展を見て、なるほどルーベンスというのは、こういう作品を描かれる方なんだというのが、つかめた感じがあまりなくて…。単に、私の勉強不足と言えばその通りなんですが。

ということで今回は、不勉強を棚に上げてみた、という話。


タグ:ルーベンス
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