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いまだに偏見を持つ自分に反省… [思ったこと]

前日は30度を超えていたのに、翌日は10度ほど低い気温になったりして、涼しくなるにもほどがあるだろうという気候で、なかなかうんざりしますね。

で、気温の低下と併せて降雨がありますと、…一人寝が寂しい
はっ! エロっちい響きがある本音が漏れてしまいましたが、それはそれとしまして。

一人寝云々は、まあ正直どうでもいいんですが、気温が低くて雨が降っていると、なんだか気が滅入ります。
で、気が滅入ると、日々の反省が思い出されたりしますので、今回はその辺りの話を。
…前置きはなんだかふざけてますが、本題は少し真面目な話になります。


最近、ニュースを賑わせている話題としてましては、尖閣諸島の話もありますが、法曹を目指していたものですから、先日無罪が言い渡された村木さんの事件に関連した大阪地検特捜部の証拠の改竄がかなりショックな事件だったりします。

で、私が反省せないかんなぁ、と思うのは、その村木さんの事件。

村木さんが逮捕されたとき、彼女は容疑を否認した訳ですが(今振り返れば、身に覚えのない容疑を掛けられたのですから当然なんですけども)、当初、私は、「ふてぶてしいなぁ」と思いまして。
いや、裁判が開かれて、確たる証拠が揃っていて、有罪が確定したのでもない訳ですから、明らかに自分が先入観なり偏見なりを持っているのは分かっていたんです。ですが、地検の特捜部が有罪にする自信もなしに動く訳がないという頭が働きまして…。

マスコミも特捜部については分かっているので、明言はしないものの、特捜部の描いた事件の構図を鵜呑みにしていたような感がありました。

…今更ですが、特捜部及びマスコミの報道を正しいと鵜呑みにする姿勢はいかんよなぁ、と反省しきりです。マスコミについては、松本サリンのときに痛感したんですが、またあまり頭を使わずに、同じミスをやらかしてしまいました。
もう、法曹に進むことはないでしょうけれども、良識ある社会人として、いかんですね。いや、なんでも疑ってかかれば良い訳でもないんですが。

反省の一方で、検察について。
私自身が、一般の方よりも少しだけ法曹に親しみがある分、余計にかもしれませんが、検察に対して信用というのか妄信に近いほど「まあ、正しいのだろう」と思っていただけに、今回の事件はショックが大きかったです。
私に限らず、一般人の感覚として、検察をはじめとする司法に対して、少なからずそういう信用はしているかと思います。
簡単に信用回復!とは行かないでしょうけれども、堅実な職務の遂行によって、再度信用を積み重ねていっていただきたいものですね。


もう一点。
司法修習中の人間だったのかが、ニュースのインタビューに対して「今回のことはショックです。検察を志望していたけど、(世間の信用が失墜して、その信用回復が大変そうなので)志望を変えるかもしれない」と言っていたのを聞いて、
「その程度で志望を変えるくらいなら、最初から志望するな、この馬鹿! 自分が信頼の回復に努めていければと思う、くらい言ってみろ」と、非常に憤りを覚えました。

…人の進路ですから、いろんな考えがあるでしょうけれども、私にはあまりに薄弱な志望に感じられました。
こんなやつでも合格するのに、私は駄目だったんだなぁ、と思うと、「こいつより私の方が意欲はあります!だから、なんとかなりませんか?」と思わないでもないです。まあ、能力的に駄目なんですから、どうしようもないんですけれども。

ということで今回は、一連の事件から、反省したり、ショックを受けたり、憤りを感じたりしたんですが、最終的に気候に合わせるように「気が滅入る」という方向に気持ちが収束して、なんだか落ち込みますね、という話。


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私にしてはタイムリーにサッカーについて [思ったこと]

前々から気になっていたんですが、最近とみに気になっていることがあります。
それは、芸人のトーク番組で、芸人が最近体験した物事について、怒りをあらわにし
「これって、おかしくない?」というようなこと。

見ているこちらとしては、おかしいとされた物事の方が正しいし、理由もそれなりにあるので
「そんなことを知らん、常識のないあんたらの方がおかしいんだ」
と思うことがあります(なので、そういう場面を見ますと、笑うより憤りを覚えたりします)。


話は変わりまして、私の現在の仕事では、お客様に当たる方をよく観察し、気付くことが重要だとされています。

ただ、そのために、前提として必要なことがあります。

それは、お客様の情報と、観察点となるところがどこであるか、どこに注意すべきなのかという基礎知識。
情報や知識がなくては、いくら「観察しろ」「変化に気付け」といっても、意欲があっても気付かなかったり、気づくにしても素人的な観察ですからおのずと限度があります。

そういう意味では、未経験で今の仕事に就いた私にとっては、その基礎知識であったり、情報であったりは非常に重要なのですが、そういった視点・知識について、当初別段の説明を受けなかったため、そりゃあもう暗中模索でした。
どうしたらいいものか、訳も分からん状態。

その情報なり、知識というものですが、私の現在の仕事に限らず、いろんなところ、いろんな場面に必要なことではないかと思います。
あるとないとでは、大なり小なり違いが出てくる場面というのは、ままあるように思います。


…で、何でそんなことをいうのかと申しますと、先日より、サッカーのW杯の南アフリカ大会が始まりました。
このサッカー、私なんぞが見目麗しい少年だった頃は、「サッカー? そんなマイナーなスポーツより野球の方が面白い」という時代でして。ご多聞に漏れず、私はサッカーについて詳しくありません。

いや、基本的なルールは分かります。ただ、見るべきポイントがよく分からないことが多い、そんな気がします。
人によっては、「サッカーはその時々の個人の技術的なものを見ることが多いので、ざっとルールが分かっていれば楽しめるんじゃない?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

私も、野球との比較から、そのスピードを見るに、組織というより個人の技術がメインのように感じられ、また、その瞬間的なプレーの妙を楽しむという点も実際にありますから、見るべきポイントやら知識やらは、さほど重要ではないかなぁ、などとも思っていました(フォーメーションも流動的ですし)。

※ 余談ながら、W杯ということで、その試合を数日見たあとに野球を見ますと、そのテンポの違いに、楽しみ方が違うのだなぁ、とつくづく思います。

…いたのですが、私は一度、ふと、ものすごくピンポイントな箇所なのですが、いつだったかの天皇杯の準決勝のマリノスとガンバの試合で、個人の技術でないところで、得点に絡む組織としての動きを見るに、「よりモノを知っていた方が楽しめるのかも」と感じたことがあります。

で、おりしもW杯が開幕です。
付け焼刃でも、なんとなく、見るべきポイントを知る取っ掛かりが欲しいなぁ、と感じまして。
併せて、最近、漫画以外で、モノを読むことがあまりにないので、活字を読まないとただでさえ馬鹿なのに、より馬鹿になってしまうよ?という危機感もありまして。

そんな訳で、ちょっと前に出た新書ですが、杉山茂樹「4-2-3-1 サッカーを戦術から理解する」(光文社新書)を読んでみました。
なかなかに刺激を受けるといいますか、非常に面白いものでした。
その内容というのは、大雑把に申しますと、主に、監督がそのチームにおいて展開しようとするサッカー観と布陣について、実際の試合を例に挙げ、説明をしたものになります。

個人技が上回ることもあるでしょうが、個人技に劣る側、いわば弱者のチームが強者に対抗するために考え出される「弱者の戦術」としての布陣。…まさに日本向きですね。
まさに日本向きなのですが、その日本では、あまりに戦術・布陣に対する知識が欠如している旨、指摘されています。
私自身、熱心なファンでもなんでもないことを差し引いても、確かに、この中で触れられている事柄を前提に、サッカーが語られているのを見たことはないです。

また別に、いろんな監督について言及されているのですが、中でも、今大会のチリの監督であるビエルサについても書かれていて、グループリーグにおけるチリの躍進を、予言したというのか、「気にかけておくべき」旨指摘しているのが印象的でした。

とここで、「布陣だの戦術だのと、もっとシンプルな方が楽しめない?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

私なんぞは、漫画なども、より深く知っていた方が楽しめると思う性質でして、別段苦痛に思ったりすることはないのですが、傍目には、そんな楽しみ方は疲れるのではないか?と思われたりします。

…確かに知らなくても楽しめることもあるでしょうけれども、知っていた方が一層深く楽しめるでしょうし、作り手の意図なども見えてくるという別の楽しみも出てきます。知らない方がいいこともないではないでしょうが(←日本人的なものすごく回りくどい表現)、知っていた方がいいことの方が多い、そのように私は思います。


ということで今回は、知ったかぶってはみましたが、付け焼刃なので底の浅さが透けて見えます、という話。
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君は“GLENGARRY GLEN ROSS”を知っているか? [思ったこと]

先日、とある会社の会社説明と一次面接を併せたものを受けてまいりました。
とある会社というのは、不動産会社なのですが、この会社、甘ちゃん(某アニメーションの少佐(発言当時は元少佐?)に言わせると「坊や」)な私からしますと、なかなかキツイものがありました。
主にやることというのが、不動産買取を目的とする電話営業で、電話営業は、最低でも200はこなし(多い人は5~600こなすそうで)、採用後試用期間中に一定の成約が得られなければ不採用。採用後も成績が悪い人間には、賞与なし、てなところでして。

私は、前職で、扱っている商品(具体的にどういったものかは伏せておきますが)について、電話で案内をすることが稀にあったのですが、非常にこれが嫌いでして。
いや、だってね、電話に出たら、大半の人にとって不必要なもの、興味のない事柄についての売買の営業ですよ? 「はあ? 何言ってんの?」と、多少なりとも、不快に感じていらっしゃる方がほとんどです。
それに加えて、玄関先で案内するのもどうかと思うんですが、電話なんて、なおさらではないでしょうか。玄関通り越して、否応なく家に入り込んでいるように感じません?

しかも、不動産て…。私は、実際に電話で売り込まれて(今回言った会社は、主に買い取りですけれども)、延々何分も同じ話をされて、非常に不愉快な思いをしたことがあります(ちなみに、この不動産の勧誘にはぶちきれて、相手を怒鳴りつけて電話切りました、私)。

で、ふと、ネット上の採用情報にあった社員の収入例の記載も、思い出したんです。
恐らく、非常に多い成約数なんでしょうけど、達成した成約数が「月に10件」というもの。この数、どう考えても、非常に多い成約数なんだと思います。それでも、何百とやって、多くて10って…。
ってぇことは、0なんてぇのも、ザラなのでは?と、当然考えました。…最低でも200で、成果0? それを毎日続けるのがこれからの仕事かと思うと、うんざりです。

ずっと延々電話かけて、成果はろくになし。しかも、大半の方からは喜ばれもしない。きつい仕事の割に、まったくやり甲斐ないなぁ、とつくづく感じました。
で、ついでに気になったので、質問しました。「離職率はどのくらいでしょうか?」と。
その答え「99.9%は辞めます」

……。

え~と、漢字を間違えましたでしょうか。「病めます」ですか? まあ、どっちも嫌なんですけど…。
長く勤められるところを探しているのですが、私。

一緒に受けた方(その日の、会社説明兼一次面接は、私とその方の二人で受けました)と、帰りに少し話しましたが、「…離職率99.9%って。キツイっすよね」「一次通っても、(二次面接には)絶対行かないと思います」ということで一致。
いくら仕事がないといっても、まず辞めることが確実なところには、勤められないなぁ、と思ったわけです。いや、先ほども書きましたが、勤めるなら、長く勤められるところに勤めたいんです。当たり前ですよね。

で、帰りの電車内で、ふと、昔観た映画「摩天楼を夢みて」(原題:“GLENGARRY GLEN ROSS”)を思い出しました。
アル・パチーノジャック・レモン等豪華な俳優陣が出演していて、緊張感のあるストーリーで、面白かった記憶があります。
…しっかし、もう15年以上前の映画なんですね。主演のジャック・レモンも故人になってしまっていますし。
情報を確認するに、92年の作品のようですが、日本での公開は、確か1年以上経ってからで、しかも上映館も少なかったかと思います。あまり、興行的には成功しなかったのではないかと。


余談ながら、当時、興行的には成功しなかった映画というと、ここ数年は、しばしばそのキャラクターのジャックを見かけることもある「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」、こちらも、公開当時、がらがらの映画館で観た記憶があり、大コケだったのではないかと思います。
…で、その後、ディズニーの絡みで、人気が出てきて、そこそこ見かけるようになったようですが、公開当初に見た人間からすると、「…なんで、公開当時に気付かないかなぁ」と、優越感よりも、残念な気持ちになります。


閑話休題。「摩天楼…」に話を戻しまして。
この映画、観た当時、「アメリカの競争社会というのは、本当に厳しいなぁ」と思ったものですが、今回の面接を受けて「日本にも、まさにこんな世界があるんだなぁ」と思いました。


蛇足ついでに、「摩天楼…」の粗筋にもちょいと触れますと、舞台は、まさに不動産会社、そこに新しい上司(アレック・ボールドウィン)が乗り込んできて、営業成績の悪い奴(成績下位の2人だったかな?)は馘、で、逆に営業成績のいい奴には、上等の物件(その物件の所在地というのか名称が、原題のGLENGARRY GLEN ROSSというところだったかと)の扱いを任せる(恐らく、インセンティヴで、その物件の売上の何%が報酬として、その者の懐に入るというものかと)というボーナスが。

で、ジャック・レモン扮する元は凄腕の営業、だけどそれも昔の話で、今はかなり落ちぶれてしまった男を主人公に、生き馬の目を抜くような業界の厳しさを描いております(ちなみに、現在トップを誇る営業は、アル・パチーノが演じてました)。

で、当時、アメリカも不景気という背景があったのか、不動産の営業を地道に行っても、なかなか成績は上がらず…(特に、ジャック・レモンの焦燥ぶりは、観ていてはらはらしました)なんですけども、そこで事件が…、という展開を見せまして。

という感じの話です。その本筋以上に、今でも印象に残っているのは、バイプレイヤーの、あまり有能とは言いがたい同僚が、ラストシーンでも、「もしもし、あの私…」と、延々と成績の上がらない電話営業をかけ続けている…というもの。

映画の記憶を喚起するに(特に、仮に採用されたら私がなるであろう、有能とは言いがたい同僚の姿を)、私も、不動産(売買の)営業になれるかというと、…絶対NOだなぁ、とつくづく思いました。
なもので、どう考えても、私にはできない仕事だと痛感し、仮に二次の面接の打診があっても、ここは断ろうと思った次第です。確かに、選んでいる場合ではないのですが、いや、それでも無理なものは無理ですから。


ということで今回は、「こんな世界が本当に日本にもあったんだ!!」と、「天空○城ラピュタ」パズ○風に言ってみても、そこに夢はありませんでした、という話。

後日談:
その後、先方より連絡がありまして、不採用とのことでした。まあ、こいつは営業に向いていないと判断してくれたんでしょうけれども、不採用の連絡を戴いて、がっかりしなかった企業はこれからもないだろうなぁ、と思いました。


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最近気になるような、ならないような、そんなこと。 [思ったこと]

まずは、わざわざ、エントリに挙げるほどの興味のない話なんですけれども。
…というよりも、話題にされる内容それ自体は、「心底ど~でもいいっ!」と声を大にしていいたい話なんですけれども。

最近、ワイドショーで騒がれている、結婚詐欺女(34)について。
…見聞きした限りでは、私を含めて、誰でもそう思うであろうクロという印象とか、その辺りの真相はまあ、措くとしまして。

私が気になるのは「女」という言い方。
TVで、この女性が取り沙汰されるに、当初から「女性」ではなく、「女」と言われていたように思います。
「男」という表現にはさほどそういう響きは感じないのですが、「女」という場合、「女性」という表現に比して、なんとはなしに蔑む意図が含まれているように思うのですが…、それこそ私の偏見でしょうか?

TVで、上記のネタを見聞きするたび、「どうせ、こいつがやっているんだから、『女性』なんていわず『女』でいいや」という悪意があるように、私には感じられます。男性の場合でしたら「男」というのだから、「女」でいいのでは? と言われればそれまでなんですけれども、…なんかなぁ。なんとも嫌な響きを感じてしまいます。

あ。余談ながら、前述の「心底どうでもいい」というのは、この話題の進展であるとか、こういったことが新たに分かったとか、そんなのは、捜査やその後の裁判等で明らかになっていけばいい話で、ワイドショーで、下世話な感じで取り扱うことに対しての感想です。ものすごく卑しく感じられるものですから。
ですので、関連して亡くなった方に対する侮蔑的な意図はないことを付記しておきます。


話は変わりますが、もうひとつ、最近の話題というのか、気になったことを。
先日、六大学野球の秋季大会の大詰めで、かの「ハンカチ王子」斎藤佑樹が投げるのをTVでちょっと見かけたので、それについて。

びっくりしました。何がって、斎藤佑樹のあのフォーム。躍動感が驚くほど感じられませんでした。
重心が軸足に残りまくっていて、全然、球に伸びを感じない投球になっていまして、「そりゃ、打たれるよ…」と思いながら見ていました。
来年のプロ入り云々という話どころではないように感じられるほど酷かったです…。ネット上に、彼の高校時代のフォームの動画が上がっていたので、それも見ましたが、面影すらないような状態でした。

私が見たのは直近の2試合の、それもダイジェストですから、彼に何があったのか、全くもって不明なのですが、疲労とか、故障とか、そういうものだったのでしょうか。にしてもなぁ…。

高校時代も、田中将大を応援していたくらいで、個人的には、別段ファンでもなんでもないのですが、それでも、本来の姿をしていないアスリートを見るのは忍びないので、早く、本調子というのか、復調してもらいたいものです。


ということで今回は、「現状からの変化を望む」ということで、話に共通点ができたのは、偶然にしては上手くいきました、という話。
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違う、そうじゃない。あるいは、アンダルシアな夏 [思ったこと]

今更言うまでもないことですし、また、前回のエントリでも分かるとおり、私は、かなりの低所得にあえいでおります。

まあ、(いい年をしているくせに)その日暮らしに近いような状態ですので、それもまた、仕方ないのですが。
ともあれ、低所得であればそれなりに、生活にもいろいろ工夫が必要になります。
NHKの受信料を支払わなかったり。いや、違う!そうでなくて(実際、私引き落としで支払ってますし。…いや、本当に)。

まあ、工夫ということではないのかもしれませんけれども、食事については、多少なりとも気を使います。
当然、出来合いのものではなく(基本的に、割高になりますから)、自分で作らなくてはなりませんし、安い食材を見つければ、それを買い…。買い物の際に、多少なりとも思案するので、店内では小首を傾げて、頬に手を添えて「食材とコスト、調理の手間(及びヘタレなので、そもそも、自分の手に負える=調理できる食材か否か)」などを思案したりして、ちょっと「主夫」な感じです。

…相方もいないのに、所帯じみてて、自分でもちょっと嫌です。ただ、数年前までは、ろくに食事を作ったことがなかった野郎が、まがりなりにも、食べられるものを作れるようになった(…美味いかはともかく)のは、確かな進歩だなぁ、と思いますね。

で、まあ、それはともかく、やはり旬のものは、安かったりします。
ということで、先日は、まあ、非常に安価というわけではありませんでしたが、そこそこ安く茄子が買えましたので、ちょいと調理してみた次第です。

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上のは、「揚げびたし」のようなもの。本来素揚げするところを、油の後処理が面倒なので、炒めてごまかしています。
…まあ、大して変わりないだろう、どうせ俺が食べるだけだし…と、基本、かなり適当です。
炒めた茄子を、白だしに浸けて、一味をふっておしまい。刻んだ大葉を入れたりするようですが、この辺りも適当。

温かいものでも、冷めたものでも美味しくいただけるので、結構おすすめの一品。

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「焼き茄子」と「茄子田楽似非中華風(?という感じでしょうか)」
焼き茄子の方は、料理というにはおこがましいくらい簡単。茄子切って焼いただけ。で、生姜乗せて、醤油たらしておしまい。
画像のものは、焼き時間減らそうと、レンジにかけたら、予想以上にしんなりしてしまった、見た目は失敗作。…まあ、いいんです、食べられれば。

茄子田楽…の方は、焼き茄子よりは手間がかかってます。
ごま油で炒めて(これも、揚げびたしと同じく、本来は素揚げではないかと思いますけども、私は炒めてます)、それに豆板醤とテンメンジャンをかけて、最後に白ゴマふっておしまい。

これは、以前、友人と飲み屋に行った際に、似たような料理を食べたことがありまして。その際、美味かったのですが、一方で「…これは、俺でも作れるよなぁ」と思い、記憶を頼りに再現したもの。豆板醤とテンメンジャンの甘辛い味付けで、美味です。
これは、熱いうちに食べるのがいいですね。

…しっかし、酒の肴のようなラインナップですね。ですが、私にとっては「ごはんのおかず」以外のなにものでもありません。


下の画像は、別の機会に作ったものですが、やはり、茄子。
このときは、かなり茄子が安く併せて、ピーマンも安かったので、このようになりました。

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麻婆茄子。
いわゆる出来合いのソースというのか「麻婆茄子の素」のようなものではなく、自分でテケトーに味付けをしてみました。食材を、ごま油で炒めているところに、醤油をちょいとたらし、オイスターソースを入れて、さらに豆板醤とテンメンジャンを入れて、で、料理酒。最後に、七味振りました。…まあ、入れたものは、それっぽいものを入れたので、失敗はなかろうと思いましたが、無難にまとまりました。
ニンジンを入れた方が、彩りがいいのでしょうけども…。いいんです、所詮、私しか食べないんだし

ともあれ、作ったものが上手くいくと、ちょっと満足できますね。
そういえば、よしながふみ「きのう何食べた?」(講談社)の中で、「ごはんを作るだけで イヤな事あっても けっこうリセットできる」というような科白がありましたが、これ、なんとなく分かります。
それなりのものができると、何か気分が変わります、私。

ということで、これから、もっともっと精進して、なんというのか「マスタークラス」になりたいものです。
今度は、茄子に関しては、茄子の漬物にチャレンジ、で、さらにレベルアップ!ですね。

…で、そろそろオチが読めてきたことと思います。

読めたけど、オチを読んでやってもよくってよ?


タグ:ナス
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僕の小規模な怒りと悲しみ(福満しげゆき、ではなしに) [思ったこと]

先日は、ちょっとした不運続きの日がありました。

折角の休日に、家のテレビデオ(いまどき、テレビデオをフル活用しているのも、いかがなものかという感じなのですが…)で、録画したビデオを巻き戻していると、唐突に、ブラックアウト。
今までも、結構、巻き戻しのパワーが弱まっているのか、ちょっと過大な負荷がかかると、電源が落ちたりしていたので、「またか…」と思い、電源を入れなおしたところ…、反応なし

しばらく熱を冷ましたらいけるかとも思ったり、何度か、電源を入れ直したりしましたが、結果は同じ。
しかも、入ったまま出てこないVTRは、連続もののドラマ(NHKの土曜ドラマ「監査法人」を、最近観ているのでございます。あと「精霊の守り人」も入っているような気がします)を録画したものが入っていて、どうしても見たいのに、テレビを分解しても、出てきそうにないくらい、がっちり入り込んでしまっています。

たいしたものが入っていなければ、そのまま廃棄、で済むんですけども、続き物は、貧乏性が災いするのか、どうしても観たくなります(いや、しかも、録画自体は別段失敗してないのに、見られないというのは、なんというのか屈辱、です)。

室温は30度くらい。エアコンですか…? 経済的に、基本、点ける余裕ないですが、何か?(おぎやはぎ調) 真面目な話、それ以前に、エアコンが(貧乏な)体質に合わないのか、点けると関節痛くなるので、あまり点けたくないんですよね。
ただ、この日は、よりによって、天気も悪くて、湿度がえらく高くて…。
そんな中、汗だくになって、VTRの取り出しに奮闘しました(もう、この辺りの時点で、TVは寿命だと諦めました)。

しかも、そうしている最中。
「あれ?」と思ったとたんに、蛍光灯の寿命も一緒に来ました。いきなり、チッカチッカと点滅を始めて、一層苛立ちを増加させてくれましたよ、ええ。

なもので、テレビ(と蛍光灯)が完全に御臨終を迎えてしまいました。
で、まあ、なんだかんだと、私は結構テレビを見るものですから、テレビがないと不便きわまりないので、即日新しいものを購入(+蛍光灯も)。

で、新しいテレビデオ(また、いまどきテレビデオて…)なんですが、従前のものは、裏番組の録画(=裏録)ができていたのですが、今回のものは裏録できず…。
要するに、新しいテレビは、録画しているとき、他のチャンネル見られません。「いまどき感」さらに倍、です。

こうして文章にすると短く、即決で、「テレビと蛍光灯、一気に寿命が来たかぁ…」と、ちょっと落ち込んだだけの話のようにも取れますが、全くそんなことはなく。

何かというと、恥ずかしい話ですが、「こんなことに金、使いたくねぇなぁ…」と。余分な金なんざ、今の私の生活にはございません。年間トータルで、少し足が出るくらいの、自らの貧しい生活ぶりを、久々に実感しました。

テレビデオ¥15,500也(+蛍光灯¥1,380也)。加えて、予定として、前述の通り、どうしてもVTRを取り出したいので、いかれたTVについて修理を呼んで、VTRを取り出してもらうのにも費用がかかり(粗大ごみとして出さなくていいなら、元に戻す必要もないわけで、完全にバラしてしまうんですけど、回収を考えたら、元に戻せないとまずいでしょうから…)、さらに、粗大ごみと化したTVの回収の出費…。
また、抑えた支出として、即日使うからといって、購入したTVを持ち帰るのはまあ、いいんですが、いくら小さい14インチのものとはいえ、自転車で持ち帰りました。こんなことに交通費、使えませんから。…ちなみに、前のかごに載せただけのTVは、視界をさえぎり、足元も見えなくて、かなり怖かったです。

で、つくづく思ったこと。たったこれだけの支出に頭を悩ませる生活に、心底うんざりだ、ということ。
世間一般からしたら、この程度の費用、ちょっと「痛いなぁ…」で済む額じゃないか、と。なんで、俺は、こんなせせこましいことをしているんだ、と。
こんな生活、抜け出してやる!と、決意を新たにしました。
…と、怒りの混じった感情と同時に、悲しい感情もまた起きたのも、実はあります。

といいますのは、壊れたTVってえのは、前の彼女が置いていってくれたものだったりした訳でして(ちなみに、そもそも、私の身の回りにあるものは、その大半は、彼女が出て行くときに置いていったものだったりします)。
去年は、デスクトップのパソコン(ただ、これは現在も一応稼動しているので、半壊です。しかしながら、いつ全壊になるか分からず、リスク回避のため、新規に今使っているノート買いました)とモニタ(こちらは全壊)。今年は、TV…。彼女が置いていってくれたものが、少しずつ消えていってしまうのは、少し悲しかったりします。

いや、別に、彼女が置いていったものを大事にしていれば、前の彼女が戻ってくる、などとは、さすがに思っていないですし、そういった「願掛け」の意味合いがある訳でもないです。

そうではなくて、電化製品が壊れて使えなくなると、それと同時に、物だけではなしに、それと一緒に「何か」が消えていってしまうような、そんな心持ちになるんですね。
また、電化製品の寿命を迎えるのをみるに「彼女が出て行ってから、随分経っているんだなぁ…」と感じたりするきっかけになるから、かもしれません。

とまあ、ちょっとロマンティスタ(?)なところを垣間見せたところで、今回は、小規模な話ということで、小ネタ感を出すためにも、この辺りにて。
ということで、今回は、ワーキングプア(?)な低所得者に幸あれ、という話。

おまけ:
なんというのか、貧乏くさくてしみったれた、陰気な感じなので、少し、動物でも出して明るさが欲しいところです。
ニュースなどでも、暗い話題が続いたら、間に明るい話題を入れたりしますし、ねえ?

ということで、本文とはなんらの関わりなく、「貧乏? "Take it easy"の心持ちで行けよ!」という、お気楽な「三代目」の画像などを入れておきます。
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…いいな、お前はお気楽で。


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その男にあるもの ―和田竜「のぼうの城」― [思ったこと]

どうでもいい話なのですが、先日まで、TVで見るたびにひっかかる表現をするCMを見かけて、やたら気になっておりました。
何かと申しますと、綾瀬はるか、いう方(有名なんでしょうけれども、私、芸能人詳しくないもので、ご勘弁の程を)が主演している映画の「僕の彼女はサイボーグ」のCMです。
CMですから、作品の細かい内容が気になるというのではなしに、CMの最後の煽り文句がいつも気になってたんですよね。

ここで、先に定義を明らかにしておきますと、

サイボーグ【cyborg】
宇宙空間や海底などの特殊な環境に順応できるように、人工臓器でからだの一部を改造した人間。改造人間。(大辞泉より)

あくまでも、人間、なんですよね…。
なのですが、煽りでどのように言っているのかと申しますと、要は、主人公のひとりである、サイボーグであるところの綾瀬はるかの作中の、もう一人の主人公の男性に対する感情は「これは愛なのか、プログラムなのか」と言っているんです…。
感情がプログラムに基づくか否かが問題になりうるのは、サイボーグではなしに「アンドロイド」ではないか、と思うんですけど。

「攻殻機動隊」でいうところの、「ゴースト」の有無で、サイボーグとアンドロイドは根本的に異なる存在なので(もっとも、「攻殻…」では、人形遣いの存在で、生命と非生命の境界があいまいになっていきますけども)、言葉はきちんと使っていただきたいなぁ、と思ったりする訳です。

ん~、ただ、これってぇのは、単に、タイトルかコピーをつけた人間が、言葉の定義をよく知らなかっただけ、だと思ったんですけど「気になる人は、作品を見てね」という宣伝なんでしょうかね? 

とまあ、マクラはこのくらいにいたしまして、今回は、最近読んだ小説について書いてみようかと思います。


その作品とは、和田竜(わだりょう)「のぼうの城」(小学館)になります。 表紙イラストを、オノ・ナツメが描いているので、マンガヨミの方は、書店で並んでいるのを目に留めたことがある方も、結構いらっしゃるかもしれません。

私自身は、択一の前には購入していたのですが、はまって、試験が手につかなくなるとなぁ…、と思って自重しておりましたが、正解でした。
試験前に読んでいたら、かなり、はまっていたことだろうなぁ、と思います。いや、読むのに時間はさほどかからなかったんですけども、余韻に浸ってしまって、数日、部分的に読み返したりしてしまう、という意味で。

粗筋なんぞを少し書きますと、こんな感じ。

ときは、織田信長の死後8年程経った頃。秀吉は関白となっていて、最後の大仕事といってもいい、小田原攻めにかかる頃のことの話。
その秀吉の小田原攻めに対して、北条方に与した側の成田氏を中心に、小田原の支城の一つで、成田氏の居城である忍城の攻防戦を描いています。攻め手の大将は、こちらは有名ですね、石田三成。守り手の大将は、成田長親なる人物。
で、ものがたりは、守り手の成田氏側を中心に描かれています。

「のぼう」とは、聞きなれない言葉ですが、何かと申しますと、主人公である成田長親の愛称(?)「のぼう様」からきています。その「のぼう」とは「でくのぼう」の略。
この主人公の成田長親、略さずに「でくのぼう」と呼ばないだけマシくらいの、かなり箸にも棒にもかからないような、そんな御仁と、領内の家臣はおろか、領民からも思われています。
…思われている、というより、領民は、陰でささやくのでなしに、本人に対して直接「のぼう様」と言ってます。

で、当人はそれを気にするふうでもなく、この辺りで、この主人公、なにやらぼぉ~っとした感じが窺えますね。

で、感想。
状況としては、大軍に押し寄せられた、圧倒的な戦力差がある絶望的な籠城戦ですから、非常に先行きが暗いはずであるのに、全編通して、のどかというのか、非常に明るい作品に仕上がっています。
主人公が、なんとはなしに能天気で、張り詰めた雰囲気を緩和させているからかもしれません。

個人的には、佐藤賢一「傭兵ピエール」辺りと、若干印象がかぶります。
暗めの作品にもできるのに、登場人物たちがユーモアを忘れず、全体的に明るいんですよね。こういう作品、非常に好きです、私。

また、攻め手も、守り手もキャラクターに味があっていいですね。名束正家のような嫌味なキャラクター、三成のように、真っ直ぐすぎて、若干面白みに欠けるキャラクターもいるのですが、それが、なんというのか、いかにも「らしく」て、にやにやしながら読み進めておりました。こういう人物だったんだろうなぁ、という説得力があるような、そんな感じです。

描き方についても。
主人公であるところの「のぼう様」、彼の思考等は、基本的には、直接に描かれません。主に、その周囲にいる正木丹波守(以下、丹波と表記します)の目を通して、描かれています。
あ、もっとも、のぼう様は農作業がものすごく好きで、それに加わることを喜びとしているのは、非常によく分かるように描かれていますけれども。しかも、絵に描いたような不器用さで、農作業に加わられる農民は、本当にいい迷惑だったりする旨まで描かれていたりしますけれども、それ以外は、判然としません。

ただ、元来、表情に乏しい容姿をしていることもあって、昔からの知己である丹波の目からも、何を考えているのか分からない、そんな御仁なので、終始、「何を考えている?」とばかり、考えられています。
結局のところ、のぼう様の思考は、ろくに最後まで描かれないのですが、ここがミソなのかもしれません。思考が分かってしまうと、面白くもなんともない、そんな話になってしまうように思います。

単に、何も考えていない、愚者なのか、それとも何か別のものが見えているのか…。それをどう受け取るのか…。それは、作品を御覧になって戴いて、考えていただければ宜しいかと思います。

他に思うところとしましては、攻め手の大谷吉継と守り手の丹波が非常に似た役回りになっているように感じます。
個人の武辺一辺倒の「筋肉馬鹿」っぽい感じではなく、武将としての能力に秀でていて、軍のトップ(三成や長親)を補佐する役回りで、武将としてのバランスの良さを感じますし、また、どちらも好漢(大谷吉継などは、作者が特に贔屓にしているようにも感じられます)として描かれているのも似ていますね。双方の考え方の、常識というのか基準点・水準点になっている、というのもあるかもしれません。

この、大谷吉継と丹波の類似については、もともとキャラクターの配置からの類似以上に、作者が意図的に、あえてそうしたような気がしますね。
それによって、大谷吉継は、丹波のような武将となることを予期させたかったのではなかろうか、そのようなことを思います。


少し、作品を離れて、歴史ものについて、思うところなども。

私は、史実を通して描かれる歴史物の面白さというのは、ひとつには、史料ではどうしても埋められない部分を、いかに面白く埋めていくのか、ということにあるのではないか、などと思います。
史料から読み取った人物像を、いかにそれらしく、納得いくようにするのか、ということとも換言できますでしょうか。

それで、この「のぼうの城」という作品は、結構典型的なキャラクタライズをしているきらいはありますけれども、史料では埋められないであろう部分を、かなり面白く埋められたように思います。
そのような訳で、作品を御覧戴いて、キャラクターの活きの良さを実感していただければと思います。


ということで、今回は、その男、武芸に秀でず、軍略についての知識なし。されど…、という話。
蛇足ながら、一昨日、本屋を眺めたら、和田竜の新刊が出てました。…近いうち、購入すると思います。

以下は、「のぼうの城」のネタバレな話(でもないかもしれませんけれども。実際、あまり本編とは関わりのない、余談が主です)になりますので、それでも構わん!という方のみ御覧下さい。

 

それでも構わん!


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そうだ、京都行こう(4)(完) [思ったこと]

 最近、桜が綺麗です。私の場合、わざわざ花見にいかずとも、近所に桜が多くあって、かなり雅な気分に浸っております。
日本人なら、というのではないのですが、染井吉野の花の色が好きなものでして。



 最近がっかりしたこと(…何か最近がっかりしてばかりいるような気もしますが)。
 久々に、献血に行ったのですが、終了後に戴いたおみやげが…。何というのかね、もっと豪勢なものを期待していたのですよ。
 がっかりしたせいなのか、その日は、いきなり発熱しました。そんなにがっかりしていたのか、自分?

 そういえば、私は、一度も成分献血なるものにチャレンジしたことがないのですが、こまめに献血すれば、「おみやげ」の当たる可能性も高くなるので、間隔が比較的短くても献血ができる成分献血(ただ、献血に時間が掛かるらしいですけれども)にチャレンジしようかしら、などと考えますね。

 …いや。モノ欲しさに献血している訳では決して。ですが、どうせ戴けるなら、豪勢なものを戴きたいのも人情というものではないか、などとも思うのですよ。まあ、どちらにしても、なんだかしみったれた話ですね。



 さて、そんな話はともかく、前回からの続きになります。
 京都二日目。
 一応、前日考えていたのは、午前中くらいを使って、多少は観光しよう、と思っておりました。

 で、歩いて回れる(…)ところを考えるに、そういえば、行ったことないなぁ、と思った京都御苑、そして、一応受験生の身としては、神頼みしておこうということで、北野天満宮辺りでいいか、と予定してみました。

9:20 宿出る
 素泊まりでしたので、持参した食事を、もさもさと適当に食し、チェックアウト。
 …で、しばしば思うこと。
 あまり気にしなくてもいいのでしょうが、宿に泊まって出る際に、一応それなりに片付けていく訳ですが、あれってぇのは、どうしておくと、片付ける人が楽なのかなぁ、と思いますね。適当にまとめておくんですが、かえって迷惑なのかもしれませんし。

 内部の方などで、「こうしておくと面倒がなくていい」という片付け方を存じている方がいらしたら、御教授戴ければ、と思います。

 でまあ、宿を出て、またもや徒歩で移動。
 まずは京都御苑に向けて歩いたのですが、京都の街を歩くと、しばしば言われていることを確かにそうだ、と実感します。

 一つには、道が碁盤の目状に配されていて、随分先まで見通せます。
 それと、建物の高さ。景観保護の見地から、高さ等、いろいろと制約が課されているそうで、特に高さは、主要道路付近の建物などは目一杯に利用するため、均一になっていて、不思議な統一感があります。
 均一になっている高さも、非常に高い訳ではないところから、東京などと比較して、空がよく見えます。
 道の配置と併せて、一言で言うと「見通しのいい都市」といった感がありますね。

 あと、見通しがいいこともありますが、街の先の三方(東、西、北)に山々が見えて、「本当に盆地にあるんだなぁ」と実感しますね。
 都市部から山が見えるというのは、地元の方にとっては、それが普通なんでしょうけれども、私なんぞからしますと、かなり不思議な光景です。

 私が滞在した日のニュースで見たところでは、条例が改正されたのか、さらに厳しい高さ制限が課されるようで、京都という街は本当に観光都市なんだなぁ、としみじみ思います。

10:00 京都御苑着
 荷物が、昨日と比べれば格段に軽かったので、多少早く移動できました。略図程度の地図を頼りに移動したので、少し迷いましたが、まあ、何とか着きました。
 で、適当に、御苑内部をぐりぐりと散策しました。

 高校くらいの女の子達でしょうか。同じジャージを着て、ランニングをしてました。
 ジョグやランニングが趣味ともいえるわが身には、こういうところをランニングのコースにとれる街はいいなぁ、と思います。
 私なんぞは、近所のアスファルト舗装の川っぺりを走るしかできませんので、足の負担を考えると、砂利の方がいいなぁ、と思います。

 そういえば、昔むかしに大学で取った授業に「都市計画」なるものがありまして。
 内容としては、なんだろう、基幹整備やら都市の統一的な設計やら、といったもので、専攻とはあまり関わりなく、単位取得が容易だということで取っていた授業です。
 身についたかというと、さして身についたようなものはないんですが、雑学として、面白かったです。

 で、何でいきなりそんな話をするのかといいますと、確かその授業の中で、都市における公園の役割について、何か触れていたような…、ということを思い出したからです。
 憩いの場としての役割というのは、非常に分かりやすいのですが、広域避難場所や大火災を避けるスペースとしての役割もあり、ただ、だだっ広いだけのような、公園という場も、都市には必要なのだ、というような話ではなかったかと思います(10年以上前に聞いたきりですので、うろ覚えですけれども)。
 京都の街における京都御苑は、そういう場なのかなぁ、と思いながら散策しました。

 ちなみに、東京においては、皇居や日比谷公園辺りが、その役割を担っているんでしょうが、警備上フルオープンできない皇居は、非常時以外まともに利用できませんし、日比谷公園では都市の規模に見合った充分なスペースとはいえないので、東京という街は、この辺りの機能に欠けているということでした。

10:15 京都御所建礼門前

10:25 近衛池付近のしだれ桜

 行ったときは、染井吉野はまだ季節ではありませんでした。今は、きっとシーズンなんでしょうね。しだれ桜、今まであまりきちんと見た覚えがなかったのですが、風情があって良かったです。

10:45 大文字を正面に眺めつつ京都御苑を出る


 御覧の通りの大文字です。おのぼりさんな私からしますと、「いかにも京都」な景色です。
 「正面は、北だから、右に行けば東だよね」「大文字」を正面に眺めながら、右へ
 ここで、京都の地理をご存知の方なら、お分かりかと思いますが、大文字は、市街の東に位置しています。という訳で、私はしばらく、東に向かっていると思って南下しました
 「もしかしてアホですか?」。…さすがに、これだけ分かりやすい街で、方角を間違えるとへこみますね。

11:00 鴨川をちょっとだけ見る
 御苑を東に出た(実際には、「出たつもり」ですけれども)のは、川が見たかったからです。
 私は、何というのか、結構水辺が好きらしく、昔から、川だの海だのに、ふら~っと行っては、ぼ~っとするのが好きでして。本当に、釣りとか何かするではなしに、ただ行って見るだけ。

 最近は、やる余裕もないのでやっていませんが、自転車に乗って2時間くらいかけて、湘南の海見に行って、海岸沿いを爆走(無論チャリで)したりしてたなぁ、などということを思い出します。
 方角を間違えたせいで、時間もあまりなかったので、今回「水辺」を満喫できなかったのは、ちと残念でした。併せて、私が行った時季は、水量が少なくて、あまり見栄えがしなかったのも、結構残念でした。

11:30 今出川御門と賢い方がいらっしゃる某大学
 方角の感覚が狂っているのが、どうにも気味悪いので、一度出直しておいた方が良さそうと思い、今一度京都御苑に逆戻り。頭が悪いと、時間も無駄に使ってしまいます。

 で、まあ、一応、(えらく年取った)受験生ということもありますので、道真さんのところに行っておこうと思いました。頭の悪さも治して戴きたいですしね。


 その途中になります。今出川御門。当初、ここを出て、鴨川を見に行こうと思っていたんですが、どこをどう間違ったんだか…。

 今出川御門を出るとすぐ見えるのが、こちら。

 

 賢い方がいらっしゃるところですね。私には、近寄りがたいオーラが感じられます(結構、学歴に対する劣等感あります、私)。…北斗の拳?

 …ああ、なるほど、そうか。だから、私は方角を間違えたんですね。「アホな子ォは、来ちゃらめぇ!」(何故に、萌えっ子っぽく「らめ」なのかは不明です)と、近寄ることを拒否されたんです。きっとそうです。

12:00 北野天満宮着
 やはり徒歩で移動。


 3週間も前のことですから、今は、街は桜が見頃なのかもしれませんが、私が言ったときは、ちょうど梅が綺麗な時季でした。天満宮内には、有料で鑑賞する梅苑もありましたが、そちらにいかずとも、そこかしこに梅が咲いていました。


北野天満宮ですが、ベコ(=牛)さんもたくさんいました。


 たくさん並べてみました(本殿のところに、ちっこいベコさんもいたんですが、そちらは撮り損ねてしまいました)。

 「めんげなぁ…」(福島訛り)といった感じです。何となく可愛げがあるし、食ったら美味いし、いうことなし、ですね。神使(祭神の使者)を「食ったら美味い」とか言うな、ですか? ごもっともな話です。

 で、本殿にてお賽銭投げ込んで、一応お願いして参りました。

「趣味に寛容な、オフ会で会った娘さんたちのような可愛い方を、相方として引き合わせて下さい。あ、あとついでに、試験の方もひとつ、宜しくお願いします」

 …もうね、学問の神さんに、縁結びお願いしてるし、相方選びの基準が「趣味に寛容」だし、試験の方は、ついでに思い出したようになってる、どこからツッコんでいいのやら、という感じですね。

 ちなみに、お願いした際に、「…つか、マジ無理なんですけど。大宰府にでも行ってみたらいんじゃね?」という声が聞こえたような気がします。きっと空耳に違いありません。道真さんは、こんな頭の悪い言葉遣いはしないはずです。…問題は、言葉遣いなんでしょうか?
 ですが、とりあえず「九州? 私の方としても、それはマジに無理です」と、返答申し上げておきました。

 そういえば、菅原道真さん、天神さんというと、関連語として梅が連想されますね(実際、上に写真上げてますし)。

 しかしながら、よくよく考えてみますと、昔、宮中にあった植物といえば、梅と橘です。
 そんなことから、当時の雅ぃ~な方々にとって、花といえば、桜ではなく、梅だった訳で(枕草子にも、貧乏臭い家のクセに、梅(+セットで、うぐいす?)が見事で、むしろ興醒めだ云々、という、貧乏人を馬鹿にしたような、感じの悪い話があったようにも記憶しておりますが…、違ったかな?)、道真さんが他の雅ぃ~な方と比較して、殊の外、梅好きだった、とまではいえないのでは? などと思ったりします。

 …まあ「東風吹かば 匂い起こせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」という歌を詠んでいるくらいですから、好きには違いなかったでしょうけれども。

12:30 北野天満宮を出る
13:00 護王神社前
 御苑の西に位置する、和気清麻呂を祀ったこの神社、ウリボウ、ではないのか、狛いのししが珍しいところだそうです。確かに、「狛いのしし」は、聞いたことがないですね。

 こちらの神社、足腰に御利益があるということだそうですが、…この時点で、3時間以上歩き通しです、私(しかも、空腹も感じなかったため、朝に軽食を摂ったきりです)。間寛○が扮する爺ィばりに、止まると死ぬんでしょうか、私。

 え~と、それはともかく、これ以上、足腰は達者にならなくてもいいですよね? そんな訳で、私とは無縁の神社でございますので、スルー。
 蛇足ながら、この一連の行動から、私の容姿を御存知の方は、何故私が痩せこけているのか、少なからずお分かりになるのではないでしょうか。

 入る栄養と、出て行くエネルギーからして、これで太れるってぇなら、アンタぁ、どれだけ栄養吸収良いんだ?ってぇ話になります。

 そういえば「きちんと、決まった時間に、食事を三食摂らなくてはいかん」などと、結構いわれますが、どうなんでしょうね。
 私自身は、空腹を感じていないのに、食事を摂らなくてはいかん、といわれるのには違和感を覚えまして、規則正しさよりも、自分の身体感覚を重視しております。
 身体感覚、なんのこと?と思われるかもしれませんが、要するに「自分の体に聞けばいいのでは?」と思うのです。

 …あ。某芸人のように「おい! 食事を摂るのかい? 摂らないのかい? どっちなんだい!?」と、上腕二頭筋に問いかけろというのではないです。

 加えて(といっても、小学生レベルの知識があることと、偏食が激しくないことが前提ですが)、摂る食事にしても、頭に浮かんだものをベースに食事を考えれば、体に不足しているものって、基本的に補えるのではないか、と思います。
 私なんぞは、あまり細かいことを考えておりませんし、ろくに料理もできない人間ですが、それでも2年近く、栄養失調に陥ることもなく、とりあえずピンピンしております。
 某「ある○る 」ではないですが、あれがいいだの、これがいいだのと、情報に踊らされるのはどうなの?と思います。

13:20 某書店着
 分かる方にはお分かりになる、件の書店を拝見しました。
 大判の品揃えがよろしいように思いました。とりあえず、こうの史代の新刊「街角花だより」を購入して、帰りの道中のお供にしました。そういえば、こうの史代は、谷川史子のアシスタント経験があるそうで。今まで知りませんでしたが、どちらの方の作品も好きなだけに、結構驚きでした。

13:28 地下鉄を利用し、京都駅へ
13:46 新幹線乗車
 帰りの車中、何故か隣の席のじいちゃん、ばあちゃんから、菓子を幾つか貰う。
 …そんなに餓えているように見えましたか、私? 痩せているのは、別にまともに食事が摂れないからでは…。

 あと、逆位置でしたので写真は撮りませんでしたが、行きは曇っていてあまり美しく見えなかった(というより、別に気にしていなかった)富士山が綺麗でした。横浜からでも、富士山自体は見えることは見えますが、お膝元で観ると、デカくて美しいのがいいですね。

 さて、最後になりますが、このたび久々に京都に行って(その前に行ったのは…、14年前)思ったのは、さほど遠くはない、ということでしょうか。
 遠路はるばる、という感じに思われるのですが、単純に時間だけを考えたら、せいぜい3時間くらいなものですから、昔、通学に1時間半かかっていたことと比較すると、さほど遠くもないんだなぁと。

 ただ、遠いと感じることがあるとしたら、私の場合に限って申しますと、それは時間的な問題ではなく、金銭的な問題の方が理由なのではないかと思います。旅費が…、生半には工面できない、背中が煤けたおいちゃんですから、私。

↑煤けた背中。


 そんな訳で、なんだか長々と書いてきた京都に行った話は、これにて打ち止め、とあいなります。
 お付き合いいただいた方、ありがとうございました。

 ということで、今回は、締めの割に、基本歩き尽くめという、なんだか貧乏臭い、しみったれた話になっていて、それもまた私らしいなぁ、という話。


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「神戸在住」と関連して音楽のヨタ話他 [思ったこと]

 ヲタ話じゃないですよ、ヨタ話=与太話。音楽についての造詣、全くもって深くないですから、私。



 タイトルが音楽なのに、いきなり漫画の話になりますが、先日、木村紺「神戸在住」(9)を読みました。…次巻でラストかと思うと寂しい限りですね。
 というより、今月、10巻も刊行される予定だったのに、出てないというのはどういうことなんでしょ? ちゃんと最終巻、出るんかなぁ…。ページ足りないから、「巨娘」入れるんでしょうかね? あの作品はあれでかなり好きなんですが…、雰囲気ぶち壊し、ですね。

 …え~と、「神戸在住」最終巻についての心配はさておきまして(さておきましてて…。妙にさらっと流しているので、傍目には「本当に寂しいって思ってんの?」という疑問すら浮かぶかもしれませんが、嘘じゃないですよ?)、今回の巻末に描き下ろしの話が載っていました。音楽に関する話です。
 今回は、それに関連した話をしていこうかと思います。



 巻末の話はその冒頭で「その人が好きな曲というのは、その人の心の奥底に流れている曲」という旨述べています。
 私も、何となくそんな気がします。

 「神戸在住」の作中で、主人公辰木桂は、映画「明日に向って撃て!」で使われた曲、「雨に濡れても」を選曲していましたが、なんとなく、キャラクターにあった選曲だと思います。私も結構好きな曲です。

 ただ、映画音楽ということなら、私は同じP・ニューマンとR・レッドフォードの出演作「スティング」のテーマ曲の方が好みかなぁ、などと思いました。軽妙でコミカルな感じが好きなんです。映画作品自体も、面白い作品ですね。大好きな作品のひとつです。

 話を若干変えつつも、映画と音楽ということで話を続けますと、「ああ、あの…」といった感じで、映画のイメージがパッと思いつくような映画には、結構、作品を象徴するような音楽が使われているものが多いように思います。
 音楽によってイメージが想起される作品が、絶対的に面白い作品か?というと、必ずしもそうではないと思うんですが、そうはいっても、世に出した作品は、知名度はないよりあった方がいいでしょうから、音楽によってイメージが浮かぶというのは、そういった面でプラスに働くように思います。

 そんなことから考えるに、音楽というものは、映画のそれなりの役割を担っている部分があるなぁ、などとも思います。

 この点から、映画ではないのですが、最近私が観ている「バンド・オブ・ブラザーズ」は、結構残念です。印象に残るような音楽がないんですね。なんというのか、音楽にパンチがないんです。…惜しい。



 話を一旦「神戸在住」に戻しましょう。
 音楽に限ったことではないんですが、「神戸在住」の主人公の趣味というのか、好みの傾向は、結構私の好みにも合致していたりします。
 この辺りから、私は「神戸在住」という作品が好きなのかもしれません。
 キャラクターの趣味・嗜好が自分と似通っていると、何とはなしに、その作品、気に入ったりしませんでしょうか? …しない? そうですか…。

 ちなみに申しますと、私なんぞは、キャラクターに加えて、作者が単行本のおまけページに、趣味の音楽(BGM)などを見るのが、結構好きでして。
 私の経験上の話になりますが、不思議なもので、好きな作品を描かれている方というのは、音楽の趣味も似通っていたりすることが、ままあります。

 そんなことから、作者がなにがしか音楽について書いているのを見て、自分が知らないアーティストの名前が挙がっていたら、とりあえず、アルバムを購入してみていたことが、私にはあります。これが結構な確率でアタリだったりします。興味を持たれた方、一度試してみてはいかがでしょうか?

 …ふと気付いたんですが、当時は思い立ったらCDが購入できるだけの金銭を持っていたんですねぇ、私。
 



 加えて、漫画と音楽といいますと、漫画作品の中には、前述の漫画家の好みの音楽や、作画中にかけていた音楽が、漫画を読んでいるとBGMとして流れるというか、そんなことを感じることがありますね。
 少なくとも、私自身は、その作品を読んでいて、そのような感覚を味わったこともあります。え? 紙媒体を読んで、聴覚が刺激されることなんざない? …いや、別に、幻覚をしばしば見たり、アブナいクスリやっている訳ではないですよ、私。

 …気を取り直して、私がその感覚を味わったものを挙げますと、芦奈野ひとし「ヨコハマ買い出し紀行」を読んで、GONTITIの音楽が流れるように感じたこと、が挙げられます。

 ただ、ちょっと残念なことに、最近は、作画中のBGM等について、書いている方をあまりお見受けしませんね(私が読んでいる漫画家の方が触れていないだけかもしれませんが)。話題にも、流行りみたいなものがあるんでしょうか?



 また「神戸在住」に話を戻しつつ、余談を続けますが、どの巻だったか、「神戸在住」の主人公(訂正:先日、読み返してみたところ、主人公の友達の鈴木さんの誤りでした。申し訳ないです。作中出ていたということで、ご勘弁下さい)が好きな画家、ということで、トレンツ・リャドという方の話が出てくる回があるのですが(すぐ手許に該当する巻がないのでうろ覚えの記憶になります。確か、そんなエピソードがあったような気がします)、この方、画家なんですが、私は名前までは当時知らなかったんですが、松居慶子いうコンテンポラリー・ジャズのピアニストの方のCDのジャケットに、その方の絵が使われてまして、それでその絵が気に入ってました。
 何か、妙な符合を感じまして、なんとはなしに嬉しかった記憶があります。



 …さて、さらにだいぶ話は戻りますが(話が行きつ戻りつして、いかにも頭の悪い文章ですね。…御覧になっている方に申し訳ないです)、訊かれもせんのに、その人の心の奥底に流れる曲というのか、自分の好きな曲…などと考えるに、以下の方々の曲、というより、アルバムは結構好きですね。

 ・木下伸市(現・木乃下真市)    「魁」
 ・小田和正                      “Between the Word & Heart”
 ・The Alan Parsons Project  “AMMONIA AVENUE”
 ・PSY・S                      “NON-FICTION”
 ・FAIR CHILD                   “FLOWER BURGER”

 手許にあるもので(PSY・Sはベスト版しかないんですが)、パッと浮かんだのはこんなところ。
 1曲単体で選ぶとすると、また変わってくるんですけれども。しかも、曲となると、これという1曲が思い浮かびません。私の場合、そのときの気分で、「この1曲!」というものが、結構変わってしまいます。…相も変わらず、はっきりとしない玉虫色な性格が反映されていますね。

 ん~、1曲ということですと、オフコース「時に愛は」とか「あなたより大切なこと」「愛を止めないで」「YES-YES-YES」「僕の贈り物」「風に吹かれて」「秋の気配」「眠れぬ夜」中島みゆきの比較的古いシングル曲のあれこれやら、TOM☆CAT「サマータイム・グラフィティ」「TOUGH BOY」「LOVE SONG」レベッカ「76th Star」 「MOON」なんかは、自転車に乗っているとき(かつ、バイトの行き帰りの際)に、よく口ずさんでます、私。

 むかぁし昔に、すごくよく聴いてたので(無論、カセットテープの時代ですよ、ええ。ただ、CDから落としたものが多いですよ?)、何となく、歌、覚えてるんですよね。…ただ、歌詞、間違って覚えているのも結構あるんでしょうが、誰が聞いているでもなし、そこはそれ、適当に。ものすっごくヘッタクソでも気にしません。私しか聞いてないから。
 …つーか、全然1曲じゃないじゃん! 単に趣味、並べただけになってますね。



 音楽とかかわりはないのですが、最近の話をいくつか。
 以前のヤングジャンプで、珍しいミスがあったようです。奥浩哉「め~てるの気持ち」の1話分とばして掲載したというのがソレです。
 そのため、今週は、掲載するはずだったのにとばしてしまった分と、間違って掲載された分の再録との2話分掲載されていました。

 私自身は、適当に立ち読みで済ませていた作品ですので、あまり気にしていなかったんですが、確かに「1回分、読み損ねた?」とは思っていました(告白して、返事を待たずに、いきなり「ふられたぁ…」てな展開になっていたので)。
 微妙に話がつながらなかったのは、とばしたのが原因だったのね。

 …こういうミス、以前、一度どこか見たことがある気がするんですが、勘違いでしょうかね。なんにしても、こんなミスもあるんですね。



 最近の嬉しかったこと。
 私の隣の住人が(おそらく)引っ越しました。かなり嬉しいです。
 …いや、だってね、私の住んでる賃貸のアパート、禁煙なんですが、そこ、換気扇が回っているときは、煙草の臭いと併せて、何か異様な臭い漂わせてたし。深夜にゲームの音が響いているし、話し声は聞こえてくるし。いびきとか、くしゃみ(「声を出して、くしゃみするんじゃねぇ!」と申し上げたい)とか、こちらにまで聞こえるくらいうるせぇし(しかも、部屋の空気が悪いのか、やたらとくしゃみをしてくれやがってました)。同じく深夜に、ガス給湯器使って(風呂? ちなみに、私んとこは、深夜のシャワー・洗濯機の使用は禁止です)やっぱりうるせぇし。

 よし、今度は、逆隣が引っ越してくれればいうことなし、です。逆隣は、何故か深夜(1、2時くらいに)に突然歌いだしてくれます。それとか、何故か私の部屋を自分の部屋と思って、鍵をガチャガチャ回してくれます(←これは、かなり怖かったです)。

 両隣、空室でなければならんとは言いません。そこまで贅沢なことは申しませんので、もう少しマシな住人に住んで戴きたいです。



 最後に、また音楽と全くかかわりのない、プロ野球の話をひとつ。
 今年のプロ野球の大学・社会人ドラフトで、3巡目に広島から指名された選手、上野弘文という投手がいます。
 私は、先日人様のブログを拝見し、ああ、ようやくドラフトにかかったんかぁと思いました。

 というのはですね、彼が高校生のときに、甲子園で投げているのを見た際に、ドラフトにかかるんかなぁ、と思っていたんですよ、私。
 結局そのときは、かからずじまいだったんですが、ノンプロを経て、ドラフトに名前が出てきたなぁ、と。

 高校時代に、気になった投手という思い入れがありますので、プロに入って活躍して欲しいものです。
 ちなみに、上野が在籍していた高校は、鹿児島の樟南。その樟南で、プロに入った選手というと、田村恵という捕手がいました(奇しくも、上野と同じく広島に入団。現在、広島のスカウトをやっているようです)。
 確か、松山商業と決勝で当たって、惜しくも敗れ準優勝したときの主力だったと記憶しているのですが、プロでは芽が出なかったですね。クレバーな感じで好きな選手でした。

 さらに蛇足。今年の甲子園というより高校野球ですね、で、某ハンカチ王子や駒苫の田中、鷲宮高の増渕、あとは愛工大名電の堂上といった面々以外の、あまり騒がれなかった中で、気になった高校生は、東洋大姫路林崎いう子でした。
 …いや、もうね、年齢差からして、「選手」というより、「子」ですよ。
 …ともあれ林崎くん、大学かノンプロを経て、何年か後に名前が出てくることを楽しみにしたいです。出てくるでしょうか。



 ということで今回は、音楽に関するヨタ話書いたら、CDを購入したくなり、つい購入してしまいました。私の性分として、購買意欲に歯止めがきかなくなるので、注意したいですね、というより、もう歯止めがきかなくなりつつあるよ!まずいよ! という話。

追記:「神戸在住」(9)で、ちと残念だったところ。主人公の友人の鈴木さんが、少女漫画を描いていた話があるんですが、その際に、自身の作風を「モロ谷川史子」という旨、発言しています。谷川さんかぁ、どんなんか読んでみたかった、というのもあるんですが、申し上げたいのはルビ。「たにわふみこ」…。惜しい! 「たにわふみこ」です。


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何故あんなにはまっていたのか… [思ったこと]

 最近、なにがしかの映画関連のものを拝見する機会が多かったので、今回はその辺りの話をしてみましょうか。
 
 今度、上映時間が、7時間23分という、ものっそい長い映画を上映するそうで。先日、そのことについて書いていた記事を見ました。
 「1日に1回しか上映できない」云々(1回が7時間超だったら、当たり前だと思うんですが…)という、記事の語り方からすると「こんなに長い上映時間は、今回の映画がはじめて」のような書き方でした(ただ、実際には、一言たりとも「はじめて」といった記述はありませんから、決して嘘を書いている訳ではありません)。

 …確かに珍しいんですが、今までで全くこのくらいの長い映画がなかった訳ではないんで、そこまで騒ぐものでもない気がします。
 といいますのも、私、昔、錦糸町でオードリー・ヘップバーンが出ているものではなく、ソ連製「戦争と平和」を観たことがあるんですが、この映画、確か、4部構成で、同じくらいの上映時間だったように記憶しているからです。

 気になったので、少し調べてみましたところ、ディレクターズ・カット版の上映時間が430分=7時間10分でしたよ…。
 確か、昼に入って、観終わって出てきたら、外が暗かったです…(休憩を何回か挟むので、拘束8時間くらいだったんでしょうか)。1日1回しか上映してなかった(できなかった)映画だよなぁ、というようなことも併せて思い出した次第です。
 さらに言いますと、1回で観切れないお客さんのために、半券を持ってくれば、後日、途中から残りを観ることも可能という、「特別措置」も実施していたはずです。

 私の昔ってぇことで、追記しておきますと、私は大学に在籍していた頃、3年間で(4年のときは、ろくに観に行けなかったため)200本超、映画館で映画を観ておりました。多い年は、年間100本、観てました。

 なもので、この辺りの映画ですと、かなりの数を観ていますので、結構話についていけたりします。ただ、途中から「ハリウッドものはもういいや」と思った訳ではないんですが、メジャーな作品は、かなり厳選して観るようになり、マイナーな映画に傾倒してしまって、観た数ほど、人と話ができなかったりします。

 …大学に行くか、映画観るかしか、してませんでしたね、当時。このとき、舞台の方に興味を持っておけば良かったかなぁ、と少し思わないでもないんですが、まあ、それはそれとして。
 ものがたりの展開の仕方とか、映像の上手い見せ方とか、当時の蓄積が元となって、感覚が養われたような気がします。

 …ただ、その感覚は、私はクリエイティブなことを全くしていないので、昔から今に至るまで、なんの役にも立っていないんですけれども。しかも、随分昔のことですので、感覚が錆びてきているでしょうし。ただ、漫画の読み方に、多少なりとも影響を与えたと思います。…やはり、非生産的ですね。
 まあ、当時は存分に楽しんで、モトは十二分に取っていると思うので、良しとしましょう。



 話は変わりまして、映画のパンフについて。
 先日、私の行きつけの書店の催事だったんでしょうか、映画のチラシ・パンフレットの販売をしていました。
 昔、上記のとおり、映画鑑賞が私の生活の一部だったこともあって、なんとはなしに、映画関連のものには興味がありまして、ちょっと立ち寄って、パンフを眺めたりしてみました。

 で、びっくりしたのが、パンフの値段。
 R・レッドフォード監督作品で、ブラッド・ピットが主演した「リバー・ランズ・スルー・イット」4,200円。ジェフリー・ラッシュ主演の実在のピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴットの半生を描いた「シャイン」2,000円強(2,100円だったかな)。

 …高いよ。高すぎどういう価格設定だよ、これ。当時、高くても、700円位で買えたものでしょ?
 気になったので、ネットで通販の価格見たら、やはり、ぼったくりにしか思えません(「リバー…」で、せいぜい1,000円位。…まあ、その位でしょうね)。…中古と、新古本で値段がここまで違うとか、そういう話なんでしょうか?

 書店における販売価格の半額で買取りしてくれるなら、実家にあるパンフ、間違いなく売りますね、私(私は、基本、観に行った映画のパンフは、全て購入してました)。

 ちなみにいうと、「リバー…」は、絵が綺麗だったので、ポスターも2種類ほど(日本で販売したものじゃないヤツを、何かの機会に購入したもの、だったような気が)持っているような気がします。

 そういえば、大学時代に後輩から聞いたところだと、「フライド・グリーン・トマト」(ジェシカ・タンディ、キャシー・ベイツ主演。この辺りは覚えていたんですが、他に、メアリー・スチュアート・マスターソン 、メアリー=ルイーズ・パーカーが出てたようです。ミステリー仕立ての要素もあって、面白く、いい映画でした…)のパンフが、えらく高額取引の対象になっているとか、いないとかってぇ話があったんですが、本当なんでしょうかね。
 これももちろん持っているんで、本当に高かったら、売ってもいいなぁ。パンフなんて、繰り返してまず読まないだろうし。…原作本とかも持っているんですよね、この作品。

 話が逸れましたが、しっかし、そこまで出して、パンフって買わないと駄目、かなぁ。映画観て感動した、でいいのではないか、と今になってみるとそう思います。

 確かに、今となっては、そうそう入手できないっちゃあ、そのとおりなんですが。また、観に行った映画のパンフ、基本的に全て購入してきた私が言っても説得力がない、というのも、全くもってその通りなんですが。
 さらに言うと、今もってクセが抜けず、たまに映画を見に行っても、いまだに必ずパンフは買ってしまう、私が言っても説得力がない、というのも…。

 それはともかく、パンフの値段。適正か否かはおいといても、価格設定が読めませんね。
 いい映画だと思っても、さして高額でなかったり、それほどのもんか? というようなものでも、希少価値(が理由だと思います)があれば高額になるし…。

 …「『いい映画だ』と思っているのが、お前(=私)だから、何か感覚ズレてんじゃあねぇの?」、ですか? はっはっは。何を馬鹿なことを…。そんなことはない、はず、だといいんですけど。多分、大丈夫、…だったらいいなぁ。



 ということで今回は、ただ、だらだらと書いただけの話になってしまいましたが、「今は昔、映画好きの美青年(自称)ありけり」という話。


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